対談 vol .1

3月2日 河村孝×東郷清児 対談

みんなのWaamaneです。

今回のぶっつけ本番、緊急対談の企画は、私、amane224日に三鷹市の前副市長の河村氏とお会いするところから始まりました。いろいろお話する中で、河村氏から「是非、代表の東郷先生から在宅医療について勉強させてほしい」とオファーをいただき、それがまさか対談という形になるとは・・・その日から、あっという間の1週間で本番を迎えた、まさしく「緊急対談!」です。

三鷹市の医療・福祉について熱く語る河村VS東郷。ほんの数日の告知にも関わらず、お集まりくださった、「地域で生きること」を真剣にお考えの皆様との双方向のデニスカッションもライブ感満載で、4回に分けて皆様にお届けしようと思います!

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在宅医療はまだまだ認知度が低い!

病気になって、街の今後の在り方を学んだ!

 

東郷:みなさんこんにちは。東郷医院 院長 東郷清児です。

河村さんと緊急に対談がトントン拍子に決まりまして、準備もソコソコですが…

 

私は最初の4年程、病院勤務でしたがその後25年間、在宅医療をやっています。

しかし、何といっても在宅医療は認知度が低い。認知度を上げようと活動をしていますが、なかなか進まない。日本ではこれから在宅医療が必要になってくるという状況なんですがね。

在宅医療というのは、病院の医療、治療とは違います。病院の「治療をして、よくなったら退院する医療」とは違います。

 

その人の生活、人生観、死生観、価値観、ご家族のこと、地域の環境も含めて、その人が豊かに幸せに地域で暮らしていけることを医療がサポートする、あるいは必要なときには医療が引く、その駆け引きをしながら患者さんを支える、それが在宅医療だと考えています。

 

そのためには、地域との連携が必要になり、専門職間の連携、そこをつなぐ仕組みをつくっていかなくてはならない。なので、みんなのWaという団体をつくり、地域の方とのネットワークをつくる活動をしているんです。

 

確かに、最近は在宅医療のニーズは増えてきています。人が生きて、亡くなっていく、死ぬまでの過程をどれだけ豊かに生きていけるか、その中で本当に必要なものはどういったことなのかを考えると、今までのような医療には見いだせなくなっています。

 

豊かな生き方ができる街づくりをしなければと思うのです。

そこで、長年「三鷹の街づくり」に携わっている、河村さんにお話しをお聞きできればと思っています。

 

河村:みなさんこんにちは、河村孝です。

私は福祉が専門ではなかったので、東郷先生から勉強させていただきたいと思っております。

先生のご経験やご見識に合った話ができるか、不安ですが宜しくお願いします。

 

私は40年間程、三鷹市役所におりまして、清原さんのもとでは3期副市長を務めました。

4年前に清原さんの後継として立候補届を出す1週間前に倒れて、杏林に1か月、リハビリ病院に1か月入院しました。

 

薬だけで奇跡的によくなったといわれていましたが、退院してみると10mも十分に歩けない。いつになったら快復するのか、先の見えない状態が続きました。当面の目標は病室を歩けるようになる、文字を書けるようになる、そして、街を歩けるようになる、そんな妄評を立てたほどの状態でした。

 

病気をする前はいつまでも40歳くらいの気持ちでしたから、街に対して不自由を感じることはありませんでした。しかし、ようやく歩ける状態で街を歩いてみると、以前とは全く違った景色に街が見えて… これには、とても驚きました。

 

理屈では福祉や医療の重要性はわかっているつもりでしたが、弱者になって街を見たとき、頭の中の福祉や医療とは、全く違うことが分かったんです。

元気な時は、寄り添うということも実感としてわかっていなかった。理屈でわかっているつもりだったんですね。病気をして、病状も一進一退を繰り返しながら、街の今後の在り方を学んだ4年間でもありました。

 

最近、「珍しい先生、面白い先生がいるよ」と東郷先生をご紹介くださった方がいたんです。本日は、面白いクロスができるといいなと思っております。よろしくお願いいたします。

 

 

「地域で生きる」を支えるための、気落ちが寄り添う医療の実践とは その課題とは

 

東郷 日本は、世界初の超高齢社会ですが、医療・福祉が追いついていない。

まず一般の方が在宅医療を知らない、知る機会がない。また医療の専門家、福祉の専門家さえあまりわかっていない。

病院に入院している患者さんが、帰りたがっていても、病院は帰れないと判断してしまう。たとえ帰っても在宅の仕組みができていない。

 

医療費・社会保障費を削減したい国の方針からしても、医療を最小限にとどめたい。だから在宅医療を進めましょうとなっているが、在宅の仕組みはできていない。

 

この地域で在宅をやる医者が、うちともう二か所だけです。国が推進しているのに在宅診療をやめるところがパタパタ出ている。家に帰る患者さんが増える中、在宅診療をやる医者が減っているんです。

 

最近は自分もいつまで持つかと思いますね。これで、20年後、30年後の未来がつくれるのかなと本当に危機感を持つわけです。

 

市民に周知していくのは難しいのか?

 

河村:不思議なことに自分が病気をしてから「この人どこか具合が悪いところがあるな」ということがなんとなくわかるようになったんです。

 

肯定的にみれば、病気があっても街の中で暮らせるという解釈もできますが、実際、街には多種多様な人が暮らしていることが改めてわかります。

 

私は昔から、「緑の公園都市をつくろう!」をスローガンにしています。しかし、三鷹で公園都市をつくろうといってもなかなか通じない。市民にとっては、緑よりも車が多いほうがいいのです。

 

しかし、ずっと言い続けていると、市民も水や緑が大事だと理解してくれ、そう思う人が増えると、次第にそれをつないでいこうという動きが出てくるんですね。子供や孫の時代には、公園都市が通じるときがきっと来ると思います。

 

物事には変わり目がありますから、そこまで、言い続けないといけない。やりつづけないといけない。

 

大正7年に武者小路実篤さんが提唱した「新しき村」が宮崎県に誕生しました。

しかし、現在でも活動していると聞きますが、実は、私はこの三鷹地域でも新しい村を実現したいと思っています。みんなが助け合う、そういった村を社会モデルとして実現するとおもしろいと思っています。大事なのは、それを「仕組み」として考えなければいけないということです。

 

私は以前ITを使った社会実験で、在宅療養をする人を支える仕組みを医療・福祉の視点から考えるプロジェクトに関わったことがあります。テレビ電話を使用して、その方が元気かどうかを確認する仕組み、更に関わっている人の研修をする仕組み作りを勉強したことがあります。

 

これからは東郷先生の善意と体力だけに頼るのではなく、みんなで支えていく仕組みを考え、東郷プロジェクトをどのように構成して、実現させるかを考えないといけない。

 

行政や医師会は看取りを知らない!真の在宅医療を知るべし!

家族だけで看取るのではなく、地域で支える仕組みを!

 

東郷:河村さんにお聞きしたいのですが、行政は在宅医療についてどのくらいわかっているのでしょうか?

在宅で看取りを進めるべきと行政が提言をしている市があります。

しかし、行政の担当者は看取りの場面を知らない、経験したことがない、それなのに看取りを問題にしているという状況です。

 

在宅医として、看取りや家で死ぬということがどういうものか、また、人が家で死ぬことの素晴らしさもたくさん経験しています。

 

今朝も患者さんがなくなりました。

朝5時ごろ連絡があって行ったのですが、行って見ると亡くなった顔が笑顔なんですよ。最後は痛いも苦しいもなく、亡くなったそうです。家族は家で看取れて良かったと。本人は病院は嫌だといって、最期は痛みのコントロールだけでしたけどね。

本当に笑顔だったんですよね。

 

私たちは、そういうことを知っていますから、在宅医療の必要性を訴えているのです。

 

行政はそこを理解して推進しているのか、単にお金が安いからなのか。患者さんの満足感は無視されているのではないかと感じるんですよね。東京都や自治体に疑問を持ちますね。

 

その人の最期に寄り添うことができる医療が在宅医療なんだということを十分理解して進めてほしいんですね。

 

例えば、行政の人たちに在宅医療の現場を見に来てもらう、勉強してもらう、経験してもらうというのはどうでしょうか。

 

倒れてわかった どう生きてきたかが重要!

意外と死はパタッと来てしまうもの

 

河村 確かに、そういえるかもしれません。

実は、自分が倒れたときのことですが、医者や家族が話していることが全部聞こえてるんですね。「危篤だ」と言われていことも、全部聞こえているんですよ。

実際は意識があって、眺めている自分がいる。「こうして死は、パタッときちゃうのかもしれない」と客観的に感じている自分がいるんです。経験してみると先生がおっしゃる通り、それまでどう生きたかが重要だと思います。

 

入院するってことは、ある意味社会から隔離されることです。その隔離したところで治療を集中的に行う。とても合理的です。しかし、その合理性の中で失われていくものがあるのではないかと…

このような背景の中で、象徴的なものとして「看取りの瞬間」が病院の中で見えなくなってしまったのでしょう。しかし、在宅医療の推進により家庭の中に戻ってくるという現象が起こっています。

 

日本は合理性を貫きGDPで世界第二位になった時代がありましたが、その時代がフェードアウトして、現代の超高齢社会で「これでいいのか?」といった見直しの時代に入ってきているのだと思います。だから、今度は病院ではなく、在宅医療で人を看るという仕組みを考える時代に入っているのではないかと思います。

 

看取りは病院?現代の家族では受けきれない問題

家族がノイローゼにならない前に仕組みを

 

河村:ただ、行政や社会全体は、まだ理解はしていないと思います。1970年代以前では家での看取りが多かったと聞きますね。家と病院で亡くなる人の数が、70年代で逆転現象が起こりました。現状は、8割くらいが病院、施設などで亡くなる方も多い。

 

財政の問題も深刻になっていて、入院してもすぐに病院を追い出される。

 

家族では受けきれない問題です。介護は家族がやらなければと思っている人も多い。

家族がノイローゼになってしまうケースも多いですから。一日も早く仕組みとして支えられないといけませんね。

東郷先生がどんなに想っていても、根本的に仕組みをどうするかを考えないと実現できない。ただ、最近はコミックにも在宅の話が取り上げられるようになって、若者はじめ、社会的な風潮が全体的に変わりつつあるとも思ったりはしています。

 

確かに先生が仰るとおり「行政は現場へいくよりも、パソコンを見るほうが好き」そういっ

た傾向はあったと思いますが、それも今、少しずつ変わり始めていますよ。

 

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今回はこれでおしまいです。

いかがでしたか?対談そうそう、結構ヒートアップ。最近は2025年問題、イヤイヤ、それより2040年問題の方が深刻だといわれていますが、実際に皆さんはどのように捉えているのでしょうか?

国が推し進めている在宅医療を正しく知って、だれもが最期まで自分らしく生きるための仕組みづくりを本気で考えないと!とみんなのWaは考えています。